AKANET3号

連載B

   エッセイ

私の好きな街

私の柴又散歩  遠藤 幸男

『やけのやん八陽焼けのナスビ、色が黒くて喰いつきたいが

わたしゃ入れ歯で歯がたたないよ。』

御存じ、あのフーテンの寅の啖呵売の口上が聞こえてきそう

なここ、柴又の帝釈天参道。

 この街ほど、どんな日本人にでも「ああ、あの街ね」と親

しまれている所はないのではなかろうか。実際に行ったこと

がなくても、あるいは地図でどこにあるか知らなくても、「

寅さんの街」といえばほとんどの人が知っている街。こんな

街も珍しい。

 シリーズの映画になる前、テレビで放送している頃からの

「男はつらいよ」ファンである私は、昨年渥美清さんが亡く

なってしまったということもあって、柴又へ行ってみたくな

りまあどうせ行くなら正月にと思い、年が明けて早速「柴又

散歩」としゃれてみた。

 京成線「柴又」の駅のホームに降りると、あの「さくら」

と「お兄ちゃん」がその辺りに立っていそうな雰囲気だ。改

札を出ると予想以上の人の数にはちょっと驚いた。私と同じ

ような考えで足を運んで来た人も少なくはないのだろう。

 その賑わいの中で子供連れの家族が駅前のテーブルで何か

食べている。「おや?」と思ったのだが、駅前広場に面した

食堂がテーブルとベンチを外に出して甘酒やとん汁などを売

っているのだ。オープンカフェである。

 この駅前広場から左右に商店街がのびている。左に行くと

帝釈天だ。右側の店の人には悪いが、当然のように左に曲が

ってしまうのは私だけではない。

「高木屋」「とら屋」「川千屋」と、食堂やだんご屋が軒を

並べているが、このスケール感が何となくいい。道巾は約5

メートル、店の間口は四間から五間といったところ。近代的

なビル街を歩くよりも、速度が三分の一くらいになってしま

う。一軒一軒覗いていくだけで、何となくのんびりした気分

になってくるのも不思議なものだ。

 この商店街、駅前から250メートルほどきた所で帝釈天

の門に突き当たる。いやでも帝釈天に入るようにできている

ところが面白い。ここはT字路になっていて、お好焼、べっ

こう飴、フランクフルト、肉まんなどの露店がズラリと並ん

でいる。向かいの駐車場では座り込んでお好焼をパクついて

いる一家もある。

 そんな中、人ゴミに押されるように帝釈天に入る。

 正式には「日蓮宗柴又帝釈天題経寺(だいきょうじ)」と

いう所。ここでもホウキを持った源ちゃんと、今は亡き笠知

衆の御前様が現れてきそうな気がする。

 このお寺、建物の周囲をガラスですっぽりと囲った一画が

ある。建築と一体となった彫刻をゆっくりと鑑賞できるよう

に、また、彫刻の保護にということなのだろう。空調をし、

照明で演出し、展示物にコメントを付けるなどして工夫をし

ている。

 また庭園の方も回廊がぐるりと廻っていて、直接下へ降り

ないで鑑賞できるようになっている。これも見学者のためで

もあり、見学者に荒らされないようにというような展示物の

ためでもある。まさに仏の知恵か。

 さて境内に戻り、渥美さんの冥福を祈るとともに「でも寅

さんはどこかの街で生きているのさ」と思い直し、帝釈天を

後にする。お寺の先は、あの映画にも出てきたうなぎ屋「川

基」。その向こうは土手になっていて江戸川の河川敷が広が

っている。今日の散歩はここでおしまい。

 「さて腹も減ってきたことだし、うなぎでも食べて草だん

ごのおみやげでもぶら下げて帰るとするか」。ふと見上げる

と映画のシーンのように江戸川の土手の空に凧(タコ社長で

はない)が上がっていた。

 どこからかまた寅さんの声

『四谷、赤坂、麹街、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姉

ちゃん何とやら。』

ちょっと哀愁の漂う、そしてほのぼのとした私の柴又散歩で

あった。

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